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ESTICAでは、生徒による生徒の為の近未来学校を目指し、一人ひとりに合わせた学習計画を作ります。
興味の有る事出が全て単位となることで、夢、目標が決まり、卒業進路が広がります。
ESTICAは、教育機関である前に、生徒一人ひとりの人生の目標作りからサポートする支援機関です。
共に目標を探し、自分だけのドラマを作り、その中で主役となって、周りの観客を魅了し、感動、夢や希望を与えてみませんか?
若者達、あなたの可能性は無限大です!
現代社会の教育格差は後世の世代に大きな歪みを残す事となります。イマジネーションの無い人間はたとえ能力に恵まれていたとしても、対人関係、 社会性という面から見た場合、大きな問題があるといえるでしょう。
人は生きる時代を選べず、加速的情報化時代の中、子供達は目標を見失いもがき苦しみ、フリーターやニートと呼ばれる様な人たちが急増するなど、 危機的な状況となっています。
当校は子供達と同じ目線に立ち、生きていく過程において何を楽しむことができ、何を目標にできるかを研究課題にイマジネーションを膨らませ、自己学習能力を目覚めさせ本来、誰もが持っている無限大の可能性を追求致します。
神も無く、誰に祈るか分からず、何処に信念を求めるか、そんな世の中で、本来、政治とは国・人の手本なることが責務と考えます。
本当の苦しみを知らない政治家に良い政治は出来るのでしょうか?
1950年から始まった金権政治、拝金主義、格差社会の広がり、変らない教育、政治、社会の有り方。
勉強、テスト、出世、お金、数字ばかりで忙しく、友人も作れず、人間関係、コミュニケーション、交渉が出来ず、人の気持ち思いやりが分からず、感じとれず、何のための人生か、誰のための人生か、誰と生きるかも分からず目標を見失う若者達。
今の世の中、日本は変だ、おかしい、間違っている、不公平です、豊かな国で、知恵、技術、が有るといわれているが、心の貧乏、心の病、格差社会は広がり、必死で一生懸命、働いても暮らしが良くならず、苦しい。
年金も、医療も含め、病人、老人、女性、弱い立場の人々は地位も向上せず、少子化なのに子供一人を満足に育てるのも難しく、何も残らず、この様な現状を理解出来ますか、納得できますか?
税金、年金などは強制的に徴収され、何に使用しているか分からないまま、勝手に使用され、罪にならない、重罪という意識がない、これは、国民への冒?、泥棒、盗みではないか、臭いものには蓋をし、犯罪率が増え、どんなに理論的に考えても大問題です。
法律とは、国民の為であり、未来の為ではないのですか?
国民を馬鹿にした様な態度、不当な官僚、政治家、役所、公務員、教育者、企業家に言いたい、問いかけたい、危機的状況の世の中、何の為の人生か、生きるとは、心とは何か、ごまかし法律違反の収益も納得いかないが、一番は21世紀知的社会と言われているのに、人助けを明確に出来ているでしょうか。
良いお金の使い方とは、本当の意味の社会責任型投資を、行う事であり、そうでない事には納得いきません。
誰が政治、経済、教育を管理監視し変えるか、それは国民であり国民の義務です、そして特に社会に大きな影響力を持っている芸術家は直ぐに立ち上がり、心の表現者としての責任を果たさなくてはなりません、歴史的には芸術家はその時代の権力者に支配されていましたが、現世界では確かな力を持ち始めています。何故なら独自の感覚で未来を予測する事が出来るからです。直感と情熱で文化文明を創り上げ、芸術家の才能を結集する事で社会を動かす時代となりました。世の為、人助けの為、未来の為、心豊かな国にする為、革命を起こし、新しいイデオロギー体のアーティスト産業を創り、確立し、心、夢、美、未来をはぐくむ、次の時代の創造者達を育て与えるアーティストと共に、全員で立ち上がり、政治、国、人生、未来を変える事をめざさなくてはなりません。
人は何かを知ることや記憶した情報、知識を回りに伝達をする習性、本能が有ります。起源となる石器時代は、本来、動物であったことで、危険な所、食料、水、薬など仲間を助け、生き残るために最低限な情報、生活、共存、繁栄から始まりました。聞く側も絶対に聞き取り、完全に記憶に残しました。
現代は余りにも膨大な情報の中で、人は相変わらず習性で集め、詰め込み過ぎて、消化不良となり良い物、悪い物の判断が難しく、伝えられなくなっています。例えば大量の広告がありすぎるために、『今日は、このダイエット食品、明日はこのダイエット食品、あさっては・・・』となり、それではどれが?という判断が出来なくなっています。
そして、いくら 頭に情報が詰 まっていても、回りの相手に伝える方法、手段、相手が心開き聞く耳、体制となること、伝わり方のレベル、軽く伝わるより 心に強く残ることが重要 です。
人に伝える伝達者、表現者は心のメッセンジャーと言われる芸術家です 。
的確に伝わり心に残すことが出来れば、表現者としては一流、本物で目の前の人も回りも迷わなくなり、一人の人にインパクトを与えることで、その先に果てしなく広がります。(※ ただし画家の様に没後、有名になることもあります。
これも伝えることの難しさといえるのではないでしょうか)
的確に伝わると人は興味を持ち始め、その後は 自己学習能力 が高まることで人は自然と想像を超えた吸収力を持ち、 進化 し始めます、やはり、どんなに学習し知識を持っても 人に伝え、理解を得ることは別の仕事 です。
政治家の様な強い語りが信念の固まりに聞こえるのは、 言葉の伝え方、 パワーの重要性を物語っているといえるでしょう。
(芸術的学習とは)想像力中心の為、表現方法・答えは無限にあり、人間の一生の間に答えが出ない事も有ります。教え方、伝え方も広範囲ですが記憶に残す事、インパクトを与えることは強い学習です、そして人間本来の生き方の中で一番重要な学習です。
通常学習は理論的ではありますが丸暗記型で答えは一つで、インパクトが薄い為、伝え方、記憶に残すこと自己学習能力を高めることが難しいのです。
太古の昔、まだ情報そのものが少ない時代、伝わってきたメッセージ、情報は強いインパクトを持って、必ず記憶されました。
全ての情報が危険回避、衣食住など生きるための重要なメッセージだったからです。そして個々に入った情報は、伝わるという出口を持っており、人から人へ必ず伝わっていました。同じものを共有することで、仲間意識も生まれ、安心感を得ていたと思われます。
しかしながら、現代では、インターネットなどを介して情報の入り口は広くなりましたが、あまりにも膨大な量で、入ってきた情報全てを記憶することは不可能になっています。
大容量の情報の中から、本物の言葉、内容を見極めるのは大変難しく、その結果、言葉の本当の意味を図りかねたまま、個々の中で埋没してしまっていると言えるのではないでしょうか。そのような状態では他者に伝わるわけもありません。その結果、価値観は多様化し過ぎ、それぞれが互いの考えを知りえないため、不安感や、孤立感、が増大していると思われます。
膨大な情報化時代の今、伝えるということの難しさは計り知れず、言葉、音、香り、視覚、全てを使用しても的確に伝えることは難しく、記憶中枢にのこすということに至っては、皆無といえるでしょう。
又、周り、相手が真剣に聞き取る状況を作り出すことは、情報化が進んだため、興味が細分化されてきており、伝えるということをさらに難しい状況にしています。
つまり、記憶する事と、伝えることは一つでしたが、現在は別々の作業となってしまっているのです。
多くの学者は新しい情報を収集し分析、研究をしますが伝えることが出来ません。伝えることのプロは心のメッセンジャー、伝達者の芸術家です。